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紙枕の中にある

本とエッセイ

世界SF全集 第12巻「ロバート・A・ハインライン」

世界SF全集

 どんなジャンルにも世界三大~というものが存在するけれど、SFにも世界三大SF作家、通称「ビッグ3」と呼ばれるような偉大な功績を遺した作家が存在する。

 今回取り上げるのはそのうちの一人で、アメリカのSF作家で「SF界の長老」とも呼ばれた、ロバート・アンソン・ハインライン(1907~1988)という人物の作品だ。

 

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(ロバート・A・ハインラインの写真)

 

 1971年に刊行された、早川書房の『世界SF全集』第12巻に収められた作品は、「人形つかい」と「夏への扉」の2作品である。

 

 「夏への扉」は、SF小説に疎い人間である僕でもなんとなく、その内容は聞いたことがあった。中学時代に「涼宮ハルヒの憂鬱」というライトノベルが学校で流行っていたとき、作中に登場する長門有希というアンドロイドが愛読する百冊の本の中に、この世界SF全集のハインライン巻が紹介されていた。

 その当時は単純に物語の展開を暗示する本として知り、タイムマシンを扱った小説、という認識だった。また、ライトノベルや文学全般にほとんど興味のなかった僕は、肝心の本を読まなかった。

今から考えてみると、この時からSF作品との出会いが遠からずあったのかもしれない。

 

【SF作家、ハインラインの経歴】

ここで、大まかにハインラインの経歴がどのようなものだったかを書いてみる。

 ハインラインの作家活動は大きく分けて初期・中期・後期に分割されるようだ。

 

初期(1939~1958)

処女長編小説を書くが売れず、短編小説を雑誌に売り続けていくにつれ、人気を博した。青少年向けの小説を取り上げ、ボーイスカウトの雑誌にも発表していた。

 

 ハインラインが青少年向けに書いた作品は "the Heinlein juveniles" と呼ばれ、青年期と大人のテーマの混合を特徴とする。これら作品で彼が描く問題の多くは、青年期の読者が経験するような問題と関連している。

今日のジュブナイル小説などの先駆的な作品を描き、基本的には青少年の冒険譚的な要素が頻出する。

 

 ・中期(1961~1973)

 

 個人主義、自由恋愛、リバタリアリズム(自由主義)などをテーマとした作品を書く。

最高傑作と名高い、『月は無慈悲な夜の女王』を発表したのもこの時期。

はじめてファンタジー長編小説を書く。

 

後期(1980~1987)

体調の悪化に伴い、作家活動は停滞。

作品評価もあまりよくないものが多い。

長年の経験による、哲学的な要素が濃いテーマ(宗教・人生論)などの長編や新たなSF文学の境界の拡張を試みた作品を書く。

 

 

 

 特徴として、ハインラインという作家は冒険活劇的でいてSFの思弁的な内容表現に定評があった作家だったという事が分かる。

加えて、ハインラインの技巧を感じさせない技巧と称されるリアルな作風は、物語の理論的な構成と相まって、“ハインライネスク”といわれている

ただし、それはハインラインという作家の一部分に過ぎず、政治的な立場がコロコロと移動していたこともあったのを考えると、多面的な性格をSF作品に持ち味として活かすことができた作家だった、と言ったほうが適切なのかもしれない。

 また、彼は作家になる以前には軍隊に所属しており、もし病で退役していなければSF作家ではなく、非常に優秀な海軍将官としてのハインラインが存在していたとされる。

 1930年代の彼は、熱心な自由主義に傾倒していたとされ、政治家を目指したりヌーディズムを信奉していたことから、彼の創作活動の営みには規律の厳しい模範的な軍隊生活からの解放による影響が大きいように思われる。

ちなみに、今回読んだ『夏への扉』にも主人公を助ける人物としてヌーディストの夫婦が登場する。

 

 

人形つかい夏への扉

 

 

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人形つかい

 SF作品の中でも有名すぎるこの2作品について、Wikipediaやさまざまな人が書評やレビューをネット上に書いているので、今さら話のあらすじを書く必要もないと思うが、あえて紹介すると「人形つかい」は、ナメクジに類似した地球外生物が侵略してきて、人間に憑りつき人々を操る。アメリカの秘密機関に所属する主人公は、おやじ(オールドマン)やヒロインのメアリと共に、侵略に抵抗するという話だ。

 このSF全集の解説は、SF作品の翻訳者として有名な福島正実が担当している。

 

 人形つかいが発表されたアメリカの時代背景は、1951年の朝鮮戦争という悲劇をアメリカが体験しつつあった時であり、共産主義との対立が激化した時代だったとされる。

自由を掲げるアメリカは、常に力を示すことでその立場を勝ち取ってきた。

人形つかい」には、国外の脅威となる侵略者の存在を反映させたところがあることは言うまでもない。

かつて海軍士官だった典型的アメリカ人気質のハインラインとしては、個人主義的に国を防衛しようと奔走する主人公の行動は、彼の国家に対する思想がうかがえるようだ。

物語の中盤では、異星人に操られた議員が議会に登場し、多数決の原理で動く議場を皮肉的に描いている。アメリカの弱点は、こうした多数の侵略者には通常の議会制民主主義を否定しなければならないことにあるということをナメクジのような異星人を使い表現している。

こうした国家の危機をリアルに描いた侵略者SFものとして、「人形つかい」は評価が高い。

ちなみにこの作品を書いた後、1956年には「太陽系帝国の危機」で第一回ヒューゴー賞を獲得している。

 

 

夏への扉

 この作品は、タイムマシンが登場するSFとして人気があるとされるが、それは日本国内での評価であって海外ではそれほど人気ではないようだ。

夏への扉」は、“文化女中器”(ハイヤード・ガール)という家事や掃除をするロボットを発明した主人公が、親友と思っていた同僚と美人秘書に騙されて冷凍催眠を受け、30年後の世界に飛ばされてしまう話だ。

 猫小説とも呼ばれ、タイトルの「夏への扉」は主人公が飼っている猫(ピート)が、冬の時期には存在しえない暖かい外の世界へつながる扉を意味する。

ちなみに、ハインラインは猫好きで知られ、両作品ともに猫が登場する。

 現代の観点では、この“文化女中器”という造語に反感を抱く人もいるかもしれないなと、読みながら思った。が、物語内では男性型の家事ロボットも登場する。

人形つかい」のように、国家の侵略のような大きな題材を取り扱ってはいないが、この作品はタイムスリップというSFの定番を扱っている。

2つの作に共通するのは、主人公がタフな個人主義でもって不条理な状況に対抗するという点にある。

この行動主義的な要素は、ハインラインヒューマニズムによるところが大きい。

時には理性的でなく喧嘩早さや、がめつさによって人間個人の尊厳が保たれるとする彼の思想は、「虎の法則」と呼ばれる。

 

 

【感想】

 SF好きには有名な海外の作品を今回読んでみて、SF作品の広大な世界設定とその自由な発想に引き込まれるところがあった。日本国内で「夏への扉」の人気が高い理由の一つには、やっぱり猫が登場し、猫を見ている表現が面白いからだ。

これは夏目漱石の「吾輩は猫である」以来の伝統なのではないだろうか?

 

例えば、

「ピートが悲しげに泣いたのはそのときだ。猫はめったなことでは悲しげに泣かない。一生聞かない人もいる。喧嘩でどんなに深手を負っても、猫は決して泣きごとはいわない。猫がこうした声を出すのは、深い悲しみに胸をえぐられたときー耐えられぬ悲しみに胸ふたがれながら、それをどうする力もないことを覚ったときに限られているのだ」

 

「ピートがボストンから飛び出して、つつと床を横切ると、ぼくがぐったりと身を横たえているところまで来て、どうしたのかと訊いた。ぼくがなにも答えないのを見ると、彼は僕のむこう脛をぐいぐいとゆすりながら、なおも返事を要求した。それでも僕がなんの反応も示さないと見てとるや、ピートはひらりとぼくの膝に飛び乗った。そして、前脚をぼくの胸にかけ、ぼくの目をじっとのぞきこんだ。ぼくの身に、冗談ごとでなく変事がおこったことを覚ったのだ。」

 

など色々ありほかにも面白い描写があったりして、深刻な場面でもなぜか笑えてくる。

猫小説と呼ばれるけれども、決して猫が中心の「ノラや」のような話ではないのでそこらへんは注意(?)が必要だ。

 

 さて、ハインラインの作品の魅力を書いてみたけど、僕は決して楽に読んだわけではない。

今となっては古典SFに分類されるこの作品を読んでみて、やっぱり古臭さと退屈さがあった。それは、SFというジャンルを映画という視覚的なもので楽しむことに慣れ過ぎた現代人としては、いちいち未来の世界を自分で想像しなければならない手間があり、未来の発明品がどういうものか具体的に浮かび上がってこない部分があった。

夏への扉」には、パンチ・カードというカード・スリッジ型の記憶媒体があったり、IDカードを電話に差し込まなければ電話ができない辺りには、スマホが普及してしまった昨今とのアナログ的な差がどうしてもあったし、僕はSF世界を想像するためにやっぱり手塚治虫の作品を仮想してから照らし合わせていた。

夏への扉」で描かれる未来は、1970年の人々が憧れた2000年である。

2000年は、今からもう15年前の出来事なのだ。

それはどうしても古くて、インターネットが普及した僕たちには昔話のような退屈さがある。そう考えると、現代は意外とSF的世界へ順調に(?)進んだのかもしれない。

 

 最後に文句っぽくなってしまったけど、ハインラインの作品は現代のSFではないにしろ、1970年代の人々が描いた未来世界としてきちんと今現在も動いているのは評価すべきだと思う。ハインラインの偉大さは、当時の人々が想像していた未来を作品に封じ込めたところにあることを忘れてはいけないと思う。

 

 

あれこれ書き終えて、今日は5月1日だ。「夏への扉」では、主人公と、ある人物が再会を果たす重要な日付になっている。期せずしてこの日に出来上がったのは「夏への扉」の影響だろうか?偶然でなければ、少なくとも、僕はピートの扉を開けてしまった。

ちなみにいうと、主人公はロリコンではないと思うが、どうかとは思うところは正直あった。(笑)

 

 冗談ぽく書いたが、内容が気になったなら読んでみるのもいいかもしれない。現代との未来の捉え方について見てみるのは有意義な読書体験なはずだ。

実はハインライン作品の最高傑作は「月は無慈悲な夜の女王」らしいので、今度読みたいと思う。これは、ガンダムの設定の元ネタともされており、ちょっと期待している。

さて、ハインライン巻を読み終えたので、僕は次のSF世界へ移動しようと思う。

 

 

 

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 

人形つかい (ハヤカワ文庫SF)

人形つかい (ハヤカワ文庫SF)